粗忽家勘朝。主人公。
K公民館への経路はネットで何度も何度も検索していた。
前日には、何枚も印刷して頭の中に叩き込んで、安心した彼。
いつもより早く、家を出た。バイクのアクセルを吹かした瞬間、スマホにライン。
「す〇から、だろ(笑)。心配症なんだから。」
と高(たか)をくくった勘朝。
その高が後で何倍にもなって帰ってくるとも知らず、
あまりにも無防備にバイクのアクセルを吹かす。
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その朝も彼の愛車「HONDA FTR223」はご機嫌なスタートを切った。
干隈三差路を折れるまで御機嫌は続く。
九電研修所を左に観ながら鈍角に左折。
池のある公園を発見しながらさらに左折。
「楽勝、楽勝。」
とどこまでも能天気なバカ。
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池を左折したあたりから急に雲行きが悪くなってきた。
ほとんど類を観ない小道、急坂に遭遇。
30度位の坂なら名車「FTR」にとって艱難辛苦ではない。
ただ、彼のバイクテクニックが追い付かない。坂道発進で何度もエンストしながら前進。
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完全に「八甲田山」状態。時計を観るともう開演まで30分しかない。
ツガニの泡吹き状態。
あちこちで人に聞きまくる。丁寧に教えてくれる。
一周して同じ方に尋ねる。
(Rの噺に似たようなシーンがある。演目は忘れた。)
スマホから地図サイトの音声
「到着しました。」
「よっしゃー!間にあったぜい!」
と雄叫び。誰も人が通ってない。
ところが公民館らしき建物は全くない。
たまたま、通りかかった人に尋ねると、
「K公民館!ソコに見えているあれですよ。」
いわれて、みると屋根が見えている。
「ありがとうございました!」と木で鼻をくくった御礼だけ残して屋根へ向かって一直線。
「FTR」はご機嫌にスタート。
ところが、公民館への道は全く見当たらない。建物の壁は見えるのに。
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だんだん物理的な時刻は迫ってくる。
自信家勘朝のもろい自信がぐらつく。
意を決して、一旦大きな通りに出て、ようやく、「K公民館」への立て看板を発見。
この時ほど看板に御礼をしたくなった時はナイ。
普段は「税金の無駄使いだろ!」と
市長への匿名手紙でも書いてやろうかと思っていた彼。
あまりの節操のなさに打ちひしがれるのは6時間15分必要。
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勘朝が立て看板を見つけてた頃、す〇はもう(高座)にあがるのは自分しかないなと思ってた。
「今日も化粧ののりはよし!着物に隙はない!CDはOK!
まてよ、誰がCD変えるの?
あのボケ会長。と〇との言う通り『勘朝さんハゲ親父』なんだから。
どこまで人に迷惑かけるの!」
と考えていた(だろう)。
(ごめんね、す〇。)
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そこへ勘朝登場。開演前15分。
毛氈を敷き直し。幔幕(まんまく:歌舞伎用語)をかけて会場はOK。開演前10分を切った。
勘朝はココまで来て自分の焦りを隠さんがために、平静を装って着替え。
正絹の帯正の帯はキュッと絹ずれを残して全く緩まない。
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で、す〇とCDの打ち合わせをして開演前、なんと3分。
心拍を押えるのに5分は必要。
そこへ、捨てる神あれば拾う神あり。
行政の係長クラス辺りが
「2分、あいさつさせてください。」
「もう面倒なんだからだから行政は嫌なんだよね。」
と、ホントは小躍りしたいくらい嬉しい勘朝。いやいやモードを発しながら
「しかたありませんねぇ。ほんすんぽうしゃないけど、でしょう。」
と、恩を押し付ける。ホントに嫌なヤツ。だから嫌われる。
本人が気づいてないから始末に負えない。
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途中ネタは飛ぶわ、滑舌は回らないわ、散々な高座。
自分だけならいいのだが、す〇の踊りCDを間違えるなど、
とうてい考えられないしくじりを犯す。
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なんとか終了時間まで行きつく。家を出てから43分。
す〇は怒り心頭だけど、そこは育ちの良さでぐっと抑える。
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トラブルはこれで治まらなかった。なんとギャラが一人分しか出ない。
す〇の怒りは完全に沸騰点に達している。
ソコに気付くのが遅すぎた勘朝。
気付いた時には、す〇の手は懐刀の柄をしっかり握っていた。
おののいた勘朝、K公民館館長とネゴシエーション。
来年の仕事をくれることで決着。
ようやく、す〇の怒りが溶け始めてきた。
その上朗報。公民館主事さんの粋な計らいで二人分のギャラが出そうな雰囲気。
す〇の表情に「♪」が浮かんだ。
ホッと胸をなでおろした勘朝。
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人生でもっとも心臓がバクバクの43分間。
K公民館のことはまた後日。
今回は、素晴らしい公民館だということだけで了解してもらいたい。
「そこがお前の甘さなんだよ。」
と口汚く罵ってくれる会員はいない。皆イイ連中ばかり。
「だから、お前のようなバカがのさばるんだよ。」の
陰の声は彼には届かない。能天気はある意味幸せなのかもしれない。
気のいい、彼の愛車「HONDA FTR 223」はじっと待っててくれた。
熱いものが込み上げてきた。