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鑑賞眼

 自分の嗜好対象が浅い時期は、先人の評価・評論を参考にすればいい。

 自立するころは、そうそう他人の下駄を履いて背伸びもしていられない。

 先人の下駄を履いて、現場をうろついても、先人(例えば小林秀雄)の論壇に立っての物言いとしかとられない。

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 小〇氏だとか、〇藤氏だとか、興津〇の評論をおろそかにするつもりはない。
 ただ、同じこと言ってたって進まない。

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 文芸評論の怪しさは、科学論文の比ではない。
 そこにサブカルやオカルトが入りこむから暗渠に入り込む。

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 ここの構造が『学問』。

 「『学問』ってのは、最高の【娯楽】だろ?」
 談志師匠のワンフレーズ。全くその通り。


 ただ、学士、修士、博士連中は嫌がる。
 自分達の地位が、一般人・芸人や芸人と同レベルで語られるから。
 地位がぐらつく。
 素人とプロの境界がぼやける。

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 未就労の学士・修士・博士(准教授・教授の職にありつけないエリート)がごろごろしている時代。
 アカデミックな分野でもプロアマの境界・地位がぐらついている。

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 鑑賞眼のプロを評論家と思ったら大間違い。

 鑑賞眼保持者のプロはいない。

 (先代)林家三平を認めなかった、某落語評論家を知ってる。今は語らない。

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2013年08月22日 21:22に投稿されたエントリーのページです。

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