大津の事件について書くのはかなり躊躇(ためら)われる。私見だが。
件(くだん)の事件で、改めて『正義は死んだ』と確信した。
真実は大方見えている。
真実の落とし所に皆が右往左往している。
学校や、教育委員会に『正義』を教えることは無理。自己保身が露呈している。
『正義』は極めて客観的な概念。
『正義』に近い概念を学校で、『道徳』で教える。『公正・公平』という徳目が道徳にある。
件の中学校は、文科省推薦の道徳教育推進校で、文科省からお褒めの言葉をおし頂いている。
そんな学校で起こった、道徳とはもっとも遠いところで起こった。
茶番が、見事に学校と文科省の恥を晒した。
学校にも行政にも『正義』はない。
立法・司法の中にも、ない。
少年法の矛盾が今回も大きく立ちふさがる。
今まで、多くの少年犯罪に、被害者が、泣き寝入りしている。
被害者は、事件の概要さえ知ることが出来ない。
(※参考『少年リンチ殺人』日垣隆著 新潮文庫)
長野で起こった悲惨きわまる二つのリンチ事件。
山形で起こったマット死事件。
女子高生コンクリート詰め事件。
等々あげればきりがない。
ほとんどの加害少年たちは、社会復帰して普通の生活している。少年法が目指しているのが【健全な社会復帰】だから、一応根本的な精神は筋書き通り。
ただ、そこに被害者の報復観念は全くない。法律上の不備。被害者はおそらく死ぬまで何十年という辛い思いを抱いて生き抜く。
水戸黄門と言う絶対正義や、啓蒙的君主のいない法治国家。被害者となってしまうと、なす術はない。恨みを晴らすサイトがあるのも、被害者側からすると必然かもしれない。
マスコミにジャーナリズムを期待出来ない。
で、突然『正義のようなもの』として、ネットが出てきた。
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行政も法律も司法もマスコミも頼りにならないので、ネットが『正義』をかざしている。
少年法よりはましかもしれないが、極めて危険な兆候が表れている。
そこには責任者も、管理者も、いない。無茶な情報が溢れている。
突然、加害者の実名、写真、学校名、転校先、親の仕事場、電話番号まで出た。
少年法で裁けない矛盾をついて、私的処刑(リンチ)を扇動している。
誰も裁ききれない、少年たちを裁こうとしている。
こういう方法がまかり通るメディアは恐ろしい。
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残念ながら、正義はどこ探してもない。