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自発的服従

 現代労働問題を語る時、どうしても避けられない格差問題。

 これだけ、格差が社会現象として問題化されているのに、革命とは言わないまでも、暴動・打ちこわし・逃散・跳避、が起こらないのは、被格差の連中がそれを望んでいるとしか思えない。
 これから大学行く連中はほぼ98%が労働格差の下に置かれる。我慢と服従を強いられる。
 2%の勝ち組席は、官僚にしかない。
 学校では、【生きる力】という甘言・妄言で騙されてる。

 つまり、
 「いつか自分は勝ち組に近づく。そのために今は、服従・我慢が自己実現につながる。」

 という、自発的服従。
 悪しきシステムを保護する側になる。
 例:お互いをあざ笑う、専業主婦vsキャリアウーマン。
    会社でパワハラ受けたお父さんが家庭で君臨。

 ただ、このキャリアウーマンvs専業主婦を俯瞰すれば、中世以前から連綿と紡がれてきた、家父長制・男社会・X染色体優性理論でガッチリ固められている事実が見える。
 恐ろしい。
 未だかつて、この男性優位システムから解放された社会を構築したことがない。
 Y染色体を貰った時から、弱者を運命づけられてる。それが人類。
 どうにかしたいが、どうにもならない。なったことがない。

 卑弥呼がいると主張する方は、彼女が男社会の傀儡だった事実を忘れてる。もしくは、眼をつぶってる。

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 映画では『アマゾネス』と言った作品がある。『アマデウス』と間違えないように。

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2014年06月17日 21:58に投稿されたエントリーのページです。

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