試験漏洩問題の幕引きがなされようとしている。
漏洩問題を見た当事者達は不安で仕方ないだろう。試験の問題がわかっていてそれを見ない勇気(これを勇気と表現するのは不適切かも知れないが置いといて)は相当なものだろう。出るとわかっている問題なら誰だって見る。
さて、今回の幕引きで、『見た者と見てない者の違いは点数上でなかった』という点、これは噴飯ものだ。誰が考えたっておかしい。映画のコピーじゃないが『ありえねぇー』だ。
見てない者の力がよほど高かったか、見てる者の力がよほど低かったか。
試験の意味が根こそぎ問われる。
H19年採用の福岡教育大学出身者は肩身が狭いだろうなぁ、これからずーっと言われ続ける。そうならないためにももう一度してやればいいのに。お金がかかっても、そちらの方が後に遺恨を残さないで良かろうに。
落ちた者は悔しいだろう。合格した者は後味悪いだろう。特に、教育大の合格者は世間の風当たりが強い。福岡の教育界が屈折していく。子どもに何らかの影響がある。